転落や滑落と聞くと事態そのものが、あるいはそれによる被害が深刻で重大なものであるかのような印象を受ける。その事象自体は単に落ちたり転んだりしたのと変わらないし、その被害にしても割と深刻でもなかったりする。けれど、転落や滑落と聞くとなんだか断定的で過失や危険、事件性を帯びたあやしいく面倒な匂いを感じる。たぶんそれは、日常において、滑落や転落あるいは落下や転倒という言葉が自分にとってひどく煩わしいことであることが多いせいだろう。
やれやれだな。
2024年2月25日 日曜日のモーニング。
自宅の階段から滑落して七日目をむかえてなお芯を食ったように痛みの残る大たい骨の付け根の痛みに辟易し走ることを諦めてパワーウォークで九十九を進みながらそんな事を考えていた。
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2024年2月25日(日)の記録 Sunday Morning Joggers


