老眼は避けがたいのか あるいはそれは酒の飲みすぎか

LEDランタンのぼやけた灯りに照らされた紙面から活字が浮きあがり、紙面と活字の間に生まれた空間は広がったり縮まったりを小きざみに繰り返す。やがて空間は奥行きに変わった。紙面はどんどん遠くなり活字はどんどん眼前に迫ってくる。ついに活字を判別できないくらいにまでなると、たまらず本から視線を外しパチクリパチクリと瞬きを繰り返しながら天井に視線を移すとそれは治った。

もちろんそんなことは初めてだった。

瞼を閉じ眼球を眼底に押しつけるようにぎゅっぎゅっとに力を込め深呼吸を繰り返しながら考えた。

ベッドに寝転がりながらの不慣れな姿勢のせいだろうか。あるいはLEDランタンのぼやけた灯りのせいか。それともこれは老眼の兆候か。昨年の飲み会での席で老眼についての話に食い気味に興味を示す友人たちの事を思い出した。やれやれ、ついにその時をむかえたのか。ほんと、やれやれだわ。老眼は避けがたいのか。もしも老眼になったらどんな不都合があるのだろうか。老眼による不都合について想像しようとしたところで、くらくらと軽いめまいを感じると同時に吐き気をもようし思考は目まいと吐き気、酒の酔いについてがテーマに変わった。

これは酒のせいなのか。それとも先ほどの焦点の合わない怪現象によるものなのか。

ベットで横になって本を読んでいるときに焦点が合わなくなることはあるが、あれほどゆがんだ景色を注視し観察することなんてなかった。確かに酒は飲みすぎかなっと思うくらい飲んではいる。けれど、酒に酔って目まいを感じたことはないはずだ。いやまてよ。酒に酔って千鳥になったことはないが車線が4本に見えたことはあるな。そもそも酒によったら目まい状態でも自覚がないだけなのかもしれない。そういえば酒の飲みすぎで病院に自力で行ったときもひどかった。『去年もきましたよね?お酒が体に合わない体質だと思うからあまり飲まいほがいいですよ』と言いながら小さくため息をつきつつお腹をさすってくれた可愛らしい女医さんは今どうしているのだろう。あの時はあんなに可愛らしい人に触れられるのは今後生涯ないだろうとも思ったけど本当にそうなってしまった。それにしもあの頃がもっとも充実した毎日を送っていたなぁ。もっとも満たされた時間はその少し前に終わってしまったけれど…。充実していることと満たされることは別なのか?なんか微妙に違う気がするなぁ。

閑話休題。

昨晩はどんどん脱線する思考に埋もれて眠りついた。

今朝はミイラみたいに冷たく冷えた体と最悪の頭痛とともに目覚めた。

その後は激しい吐き気に襲われWCに駆け込み唸り散らかしては壁にもたれるを繰り返した。

息を切らしいつ襲ってくるかもしれない吐き気に身構えながらWCの壁にもたれかかった僕は、この異常に冷たい体について考え。次に眉間から脳下垂体にまで釘を打ちこまれるような頭痛と地殻のそこからあふれ出すような吐き気、そして、昨晩の焦点の合わない怪現象の因果関係について考えた。