残暑の折り 旅立つ君へ ~good-bye アウトランダー ~

初めて君と車中泊をしたのは2013年6月第2週目の土曜日の晩。その日、仕事を終えた僕が君と向かったのは田代山・帝釈山の福島県側登山口である猿倉登山口。

翌日は天空の湿原を散歩し、山中で簡単な食事を済ませ昼前には下山する。その後、舘岩の温泉に浸かるのだ。

そうだな、その2つの予定を消化し帰路に着けば、おやつの時間を過ぎた頃に餃子屋のそばを通過するだろから餃子を食べようか…。

そんなことを考えていると、今すぐにでも餃子が食べたくなったのだが、生憎、時間は22時を過ぎていた。餃子屋などとうに閉まっている。餃子など食べられやしないのに、気の早い胃袋はなぜか胃液を垂れ流しはじめた。餃子はともかく腹が減りすぎだ。仕方ない、宇都宮を出てしまう前に何か食べるとしよう。

僕は目についた牛丼チェーン「すき家」に入り、まだ白菜の頃のキムチ牛丼特盛を胃液のプールと化した胃袋に流し込み、胃袋をなだめた。

その後、日光街道を走り、途中の今市にあるマクドナルドでハンバーガーを4個とホットコーヒー・Mサイズを購入した。コーヒーは口にせずサーモスに注ぎ入れ、空っぽの紙カップはぎゅうぎゅうに折り込んで屑籠へ…ハンバーガーは味見に1つだけパクリ、パクリと飲み込んだ。

我ながらすごい食欲だ。

残り3個のハンバーガーとサーモスの中のコーヒーは翌朝と昼の分。念のためカップヌードルのシーフードを1つをザックに忍ばせているのは内緒だ。

国道121号線は鬼怒川温泉、川治温泉を通り抜け五十里ダムの岸をなぞるように走りる。やがて県境の村、三依(みより)を通り福島県南会津町田島町に行き着く。田島町に入りまもなくするとT字路に突き当たり、そこを左折する。ここからは国道352号線を進む。しばらくすると左手に観光案内センター、その先の右手に南会津舘岩郵便局が見えたら、そこに左折する道があり、そこを左折する。(県道350号線)。あとは、一本道。やがて舗装路はガタガタの林道になり変わり、ガタガタ、ゴトゴトと猿倉登山口までの峠を走るのみだ。

そのガタガタでゴトゴトの真っ暗な林道は、調子に乗って走るとタイヤがパンクしてしまうほどの悪路。伝わる振動に同調してあたふたぜず、ガタガタ、ゴトゴトとしながらも冷静沈着、おだやかに走らせなくてはならない。

僕はベッドライトに照らされ路面に気を配りつつ、何度となくつづら折りを折り返した。

そうして、慎重に進むこと数十分。やがて開けた駐車場にでる。そこが、猿倉登山口の駐車場だ。

駐車場には数台の車が停まっていた。彼らも車中泊だろう。僕は速やかに停車場所を定め、そこに停車しベッドライトを消した。

起こしてしまっただうか…。

僕は車中で眠る人々を案じ、そして、これから自身が取得できる睡眠時間を計算した。

ちょっとは寝むれそうだ…。

取得できる睡眠時間は四時間ほど、想定より1時間ほど少ない

まぁ、いい。今夜は君と初めての車中泊なのだから。寝坊するくらいが丁度いいのかもしれない。

僕は出かけに準備していた、車中泊セットを取り出し、寝床の準備に取りかかる。

と、その前にキリンラガーをグローBOX(簡易冷蔵になっている)から取り出し、プルタブの栓を解放する。そしてそれを一息で半分ほどをゴクゴクと飲んだ。

喉を刺激する炭酸と鼻を抜けるホップの薫りが、長い1日の終幕にいろどりを添える。そして、一連の動作の節目として、僕は大きめのげっぷをした。それもわりと盛大にだ。至福の瞬間とはこのことだろう。

人目を憚ることなく盛大にする屁やげっぷというのは、自己の解放と自由の象徴であるよな気さえする。

さてと…。

僕は、やりかけの寝床作りを再開した。

トランクルームの凹凸を確認しサーマレスマットを広げ、その上にモンベルの寝袋を敷く。レインウェアを詰め込んだパックが枕のかわりだ。照明にはヘッドランプを天井に掛け代用した。残念ながら足先まで真っ直ぐとはいかないが、畳んだリアシートに膝から先を乗せると、どうやら胃下垂気味の僕には丁度いいようだった。

うんうん。これはこれで良いじゃないか。

そこまでやり終えると、僕はいったんラガー片手に車外に出て、マルボロミディアムに火をつけ、深く吸い込んだ。

なんだか、ずいぶん長い1日になってしまったけれど、細かいことは後回しだ。明日、目覚めたタイミングで予定を組み直せばいい。まずはゆっくりと寝る。それが最優先だ。

残りのキリンラガーを飲み干し煙草を堪能した僕は車内に乗り込み寝袋にくるまった。

アルコールが体内に浸透した僕は直ぐに眠りについた。

それが、君とした初めての車中泊だった。

以来、さまざまなな場所でさまざまなな夜を過ごしたけれど、やはり、あの夜に勝る思い出はないな。

終わりに

先日、故障したアウトランダーを売却を済ませた。

CW5W:三菱アウトランダー:CVT故障。
僕の盆休みは祖母の初盆と愛車の故障により派手な外出をする事なく終えた。もっとも祖母の初盆はいたしかたないことではあるのだけど、車の故障についてはいただけないし、腹立たしい。さらに、そのうえ修理代がおむよそ70万~90万円(CVTとトランスフ

これで、アウトランダーとは本当にお別れしたわけだ。アウトランダーの購入当初もそれ以後も愛着のわかない車。道具としての車。そんな風に僕の中で位置付けていたものの、いざ別れるとなると感傷的にもなるようだ。

思えば、パジェロの頃より沢山の場所へ行ったし、たくさん車中泊をした。それもこれも、ここ数年間は故障せずにいてくれたからだろう(パジェロは故障ばかりだった…)。さらに使い勝手のよい車でもあってくれたからだ。

よく頑張ってくれた。

パジェロを手離す時、これからは車を道具として割りきって使用しようと決め、そうしてきたつもりだった。でも、そうではなかったようだ。なぜなら、やはり、車には思い入れつきまとう。だから、手離す時には、それ相応の感慨深い気持ちになってしまう。所有していた頃にアウトランダーに抱いていた冷めた感情は今はなく。今、すこし揺れた感情に変わっている。それはきっと、僕が意識的に感情移入しないよう蓋をしていたということなのかもしれない。まぁ、何にしても、今はこう思う。

ありがとう。アウトランダー。

それが僕の気持ちだ。

最後まで読んでくれて、ありがとう。

物より思い出って言うけど、はたしてそうか?と最近、疑問に思うんだ。

そうそう、帝釈山・田代山の山行記が気になる方は、こちらです。

それでは、また。